こんにちは。
不登校克服カウンセラー 出雲そらです。
前回までのお話では、
幼い頃の私は、
「家族を守ることが私の役目」
そう思って生きるようになったこと。
そして大人になってからも、
「家族が笑っていれば、それでいい」
そう思って、自分のことを後回しにしてきたことをお話ししました。
私は、誰かのために生きていた
息子が不登校になったとき、
私は、
「どうしたらこの子は学校に行けるようになるんだろう」
「何が原因なんだろう」
「私の育て方が悪かったのかな」
必死になって答えを探していました。
どうにかして、
この不登校を解決したかった。
そのために、
私はカウンセリングを受けることにしました。

そこで私は、
思いもよらないことに気づかされていきました。
息子の不登校を解決したくて、
カウンセリングを受けたはずなのに。
向き合うことになったのは、
息子だけではありませんでした。
私自身だったんです。
幼い頃の私は、
怒る父が怖かった。
「どうしてお母さんは、
私にお母さんを守るように言ったんだろう」
そんな疑問もありました。
怒るお父さんが怖いのに、
私はお父さんの機嫌を笑ってとらなきゃいけない。
怖いと言ったらダメ。
お母さんのそばにいたらダメ。
甘えたらダメ。
甘えたら、
余計にお母さんが困る。
本当は、
「怖い」
「助けて」
「やめて」
って言いたかった。
でも、
言えなかった。
泣いたら、
お父さんがもっと怒る。
だから、
泣いちゃダメ。
いつもお父さんの機嫌をとれるように、
いつもお父さんにアンテナを張っていなきゃいけない。
お父さんがいるときの私は、
自分のために生きていませんでした。
誰かのために、生きていたんです。
「いいお母さん」にならなきゃ
そして私は、
大人になって母になりました。
すると今度は、
自分が子どもに対して、
同じようなことをしていることに気づきました。
子どもの気持ちに気づける母でいなくちゃ。
子どもが幸せでいられる母でいなくちゃ。
子どもが安心して笑顔でいられる母でいなくちゃ。
子どもを守れる母でいなくちゃ。
子どもの気持ちを受け止められる、
「いいお母さん」でいなくちゃ。
そして、
「いい子に育てることが、
いいお母さんの証拠」
そう思っていました。
だから、
いい子に育てなきゃ。
優しくて、
みんなから褒められて、
認められる子に育てたい。
イタズラしたり、
意地悪したり、
わがままを言ったり、
ヤンチャをしたり。
そんな子ではダメ。
そう思って、
一生懸命子育てをしていました。

でも、
私は子どもにイライラしていました。
笑顔で優しいお母さんでいたい。
子どもの気持ちを受け止めてあげたい。
そう思っているのに、
イライラが止まらない。
そして、
イライラした自分を責める。
「なんで私は、
こんな母親なんだろう」
「もっと優しくしなきゃ」
「ちゃんとしなきゃ」
また頑張る。
でも、
またイライラする。
その繰り返しでした。
あのイライラの奥にあったもの
カウンセリングで、
私は少しずつ気づいていきました。
私は、
ずっと人の目を気にして生きてきたんだ。
お父さんの機嫌。
お母さんの気持ち。
そして今度は、
周りから見た「いい母親」。
子どもが「いい子」であること。
私はずっと、
誰かに認めてもらえる自分でいようとしていたんです。
そして、
その奥には、
幼い頃の私が、
ずっと心にしまってきた感情がありました。
怖かった。
悲しかった。
寂しかった。
本当は助けてほしかった。
本当は甘えたかった。
本当は、
「嫌だ」って言いたかった。
でも、
そんな気持ちを持ってはいけないと思っていた。
そんな自分ではダメ。
こんな自分では嫌われる。
認めてもらえない。
だから、
自分の気持ちを、
ずっと否定してきたんです。

そして、
その「自分の気持ちを否定する生き方」を、
私は母になってからも続けていました。
自分のネガティブな感情を認められないから、
子どものネガティブな感情も、
受け止められなかった。
子どもがわがままを言う。
イタズラをする。
言うことを聞かない。
そんな姿を見ると、
「そんな子じゃダメ」
「もっとちゃんとしなさい」
と思ってしまう。
私は知らないうちに、
子どもを自分の思う「いい子」にしようとしていたんです。
そして、
気づきました。
子どもをコントロールしていたのは、
「いい子に育てたい」という気持ちだけではなかった。
私自身が、
「人に認められなければいけない」
「人から悪く思われてはいけない」
「ネガティブな自分ではダメ」
そう思っていたから、
子どもにも、
同じように「人から認められる子」であることを、
求めていたんです。
そのことに気づいたとき、
とても苦しかった。
自分が一番やりたくなかったことを、
自分も子どもにしていたんだ。
子どもたちも、
私の期待に応えなきゃいけなかったり、
私に制限されたりしていた。
私も、
子どもたちも、
「人に評価されること」が怖かったんです。
自分が自分のいちばんの味方になる
だから私は、
まず自分の心と向き合うことにしました。
怖かった気持ち。
悲しかった気持ち。
寂しかった気持ち。
甘えたかった気持ち。
「嫌だ」と言いたかった気持ち。
今まで、
「そんなこと思っちゃダメ」
と押し込めてきた気持ちを、
一つずつ見つけていきました。
そして、
「あのときの私は、
そう感じていたんだね」
と、
自分の気持ちを受け止めていきました。

そこで、
私は大切なことに気づきました。
私は、お母さんに言われたことを、そのまま受け止めなくてもよかったんだ。
家族を守ることを、
私の役目にしなくてもよかった。
怖いときは、
怖いと言ってよかった。
泣いてよかった。
甘えてよかった。
自分の気持ちを大切にしてよかった。
自分のやりたいことを、
やってよかった。
そして、
誰かに認めてもらうことが、
私の幸せではなかった。
人の目を気にして、
「どう思われるか」を考え続けるから、
苦しかった。
誰かに認めてもらうために、
頑張り続けるから、
苦しかった。
でも、
自分が自分を認められたらいい。
誰が何と言おうと、
誰がどう思おうと、
自分が自分のいちばんの味方でいればいい。
そう思えるようになっていきました。
すると、
少しずつ、
私の中の「安心」が変わっていきました。
「ちゃんとしなきゃ」
「いい母親でいなきゃ」
「子どもをちゃんと育てなきゃ」
そんなふうに、
自分を追い立てなくてもよくなっていった。
自分の気持ちを、
「そう感じてるんだね」
と受け止められるようになった。
すると、
子どもの気持ちも、
少しずつ受け止められるようになっていきました。
そして、
不思議なことが起きました。
私が変わっていくと、
子どもたちも、
少しずつ変わっていったんです。
私の期待に応えなくてもいい。
私に認めてもらうために、
頑張らなくてもいい。
自分の気持ちを、
自分のまま表していい。
そんな空気が、
少しずつ家の中に生まれていきました。

あの頃の私は、
息子の不登校を解決したくて、
カウンセリングを受けました。
でも、
本当に変わり始めたのは、息子ではなく、私の生き方でした。
「誰かのために生きなきゃ」
から、
「私はどうしたい?」
へ。
「認めてもらわなきゃ」
から、
「私は私を認めてあげよう」
へ。
「ちゃんとしなきゃ」
から、
「これでいい」
へ。
私は、
ずっと自分で自分を責めていたから、
苦しい生き方をしていたんだ。
そう気づきました。
そして、
自分が自分のいちばんの味方になれたとき、
私は初めて、
「安心で優しい世界は、誰かに作ってもらうものじゃない。
自分の中から、育てていけるんだ」
と思えるようになりました。
それが、
私が「安心に帰る」ための、
大きな一歩だったんです。
🌈
次回は、
自分を責めることを少しずつやめて、
「自分を大切にする」ことを始めた私に、
どんな変化が起きていったのか。
そして、
息子との関係がどう変わっていったのか。
その続きをお話しします。
「安心な世界に帰るまで」
…次回へ続きます。

(第4話へつづく)
最後まで読んでくださり、
ありがとうございました。
~あなたがあなたの味方になれますように~
…そんな願いを込めて。
不登校克服カウンセラー
出雲そら
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