🌈出雲そらの物語① 母を「母親失格」だと思っていた私へ

〜私が「家族を守る役目」を握りしめた日〜

こんにちは。
不登校克服カウンセラー
出雲そらです。

今日は、私がずっと母を
許せなかった理由

そして、なぜ今は心から
「ありがとう」
と思えるようになったのかを、
お話ししたいと思います。

実は、この想いを書けるようになるまでには、とても長い時間がかかりました。

母が生きている間、私はずっと苦しかった。

「どうして私を分かってくれないの?」
「どうしてそんな言葉を言うの?」

そんな思いを抱えたまま、大人になりました。

そして母が亡くなったあとも、その苦しさは消えませんでした。

でも、子どもの不登校をきっかけに、

心の学びを始めました。

何年も自分の心と向き合い続ける中で、

少しずつ、
見える景色が変わっていったんです。

私は、ずっと勘違いしていました。

ずっと許せないと思っていた母から、
実は、こんなにも深く愛されていたことに気づいたのです。

そのことに気づけたのは、母が亡くなってからでした。

「生きているうちに気づけていたら…」

そう思う日もあります。

でも今は、それでもよかったと思っています。

あの頃の私には見えなかったことも、

たくさん心と向き合ってきた「今の私」だからこそ、

ようやく受け取れた愛だったのだと思うからです。

亡くなってからでも、
気づけて本当によかった。

そして、この経験はきっと、私だけのものではないと思っています。

だから私は、これから少しずつ、この物語を綴っていきます。

もし今、
誰かを許せずに苦しんでいる人がいたら。

もし、
「私は愛されてこなかった」

と感じている人がいたら。

そんなあなたにも、

いつか見える景色が変わる日が来るかもしれない。

そんな願いを込めて、お話しします。


ある日、母に言われた一言

ある日、まだ幼かった私に、母が言いました。

「お前がお父さんから一番かわいがられているんだから、お前がお父さんの機嫌を取って」

幼い私は、その言葉を疑いませんでした。

「私がお父さんの機嫌を取らなきゃ」

「私がお母さんを守らなきゃ」

その日から、父の顔色を見るようになりました。

家の空気を読むようになりました。


全部が嫌だった

お母さんが暴力を振るわれることも。

お姉ちゃんが悲しむことも。

おばあちゃんが怯えることも。

父が家族以外の人に怒りをぶつけて、怖がられてしまうことも。

父が癇癪を起こすことも。

お母さんが泣き叫ぶことも。

全部が嫌でした。

だから私は、

父が怒らないように。

家族が悲しまないように。

家の空気が穏やかでいられるように。

幼いながらに、

「私が何とかしなきゃ」

そう思っていました。


母を許せなかった

でも、大人になるにつれて、私は母を許せなくなりました。

「どうして子どもの私に、そんな役目を背負わせたの?」

「どうして私を守ってくれなかったの?」

「どうして父の顔色をうかがう毎日を、止めてくれなかったの?」

私は、

母は、母親失格だ。

そう思っていました。

私は絶対に、こんな親にはならない。

そう心に決めて生きてきました。


それでも…

今になって思います。

私は、気づかないうちに、

「家族が穏やかでいられること」が私の役目だと信じ、

「その役目を」

何十年も握りしめて生きてきました。

まさか、その生き方が、

私自身にも、

そして大切な家族との関わり方にも、

影響していくことになるなんて…。

あの頃の私は、まだ知る由もありませんでした。

そして数十年後ーー

私は、自分の子供の不登校をきっかけに、

もう一度、その「役目」と向き合うことになります。

あの日、幼い私が握りしめたものは、

想像してた以上に、

深く私の人生を動かしていたのです。

(第2話へつづく)